ズレすぎた視点。




 受付へ行くために、廊下の角を曲がる。
古ぼけた壁が目の前へ迫り、そして遠ざかっていく。


 イルカ先生に会いたいなぁだなんて思ってしまい、頭を振った。いけないいけない、そんな事は考えちゃいけない。


『資料室』
 受付へ行く間に、廊下の角にあるその部屋。いつも目にするそのプレートを今日もぼんやりと見つめ、そしていつもの様に受付へ…
 行こうとしたんだけど。


 だけど、その『資料室』とかいてある部屋のドアから、俺が望んでいた、あの黒い尻尾が出てきたとたんに、受付への目的が俺の頭からキレイにふっとんだ。

ひょこひょこ揺れる、あの黒い…

 彼はドアから出た後、廊下をせわしなく見回していた。
 やはり、久々に見た彼(恋人)はとてもカワイイ。だけど、なぜあんなにキョロキョロしているのだろうか。

 誰か、つけられている人でもいるのかな??





…て、まさか。

 いや、もしや。え…でも…


「イルカ先生!!!」

そう思ったころには、気がついたら俺はイルカ先生の肩を掴み、再びその室内へと連れこんでいた。よかった、気配からして室内にはイルカ先生と俺以外は誰もいないようだ。
彼の肩がビクッとし、ぎこちなく振り向く。やはり久々の再会に驚いているのであろうか。くりんとした黒い瞳がかわいそうなくらいに揺れ、俺のことをまっすぐに見つめている。ああ、こんなに彼の視線を受けるなんてひさしぶり。カワイイなぁ、ホント。


「アンタ、暫く顔見せないって思ったら…ストーカーされてたんですか!?」

 バサバサと、彼が持っていた教科書らしき物が床に落ちた。だけど、そんなことどうだっていい。問題は、ストーカーのことだ。再会の喜びは、後でじっくりと味わおうってことで。
 いつまでたっても口を開こうとせず、ただ口元をひくつかせているイルカ先生に、俺はさらに詰め寄った。まぁ、久々に再会していきなりストーカーのことを聞かれたんだから、無理もないだろう、と俺は頭の隅で思っていた。

 だけど、イルカ先生が、心配で心配でしょうがないんだ。

 というか…


「ごめんなさい、イルカ先生…こうなったのも、全て俺のせいだ…」


 彼の顔を見て冷静さが戻ってきたからなのか、なんだか急に、心から謝りたくなってきた。こう、何て言っていいか分からないが、深く沈み込む様な、とてつもなく暗い様な、そんな感じだ。

 そうだ、そもそもずっと会わないでいた俺が悪いんだ。その間に、イルカ先生に悪い虫が…

「だけどもう、だいじょぶだから…」

「…ッ、、痛ッッ…」


はじめてイルカ先生が声を出した、と思ったら、肩を掴んでいた手に思いのほか力が入っていたことに気づき、少し緩めた。

「ぁ、…すみません」

でも、大丈夫だからね、イルカ先生。そんな問題、このはたけカカシが解決しちゃうから。イルカ先生は何の心配もしなくていいんだよ。そんな言葉が喉から出かけた。だけど、急に恥ずかしい気持ちになってきたので口をつぐんだ。



「カカシ先生」

 首を傾けながら、イルカ先生がまた、声を出した。
 ああ、それはうめき声なんかじゃない、ちゃんとした言葉だ。しかも、俺の名前を呼んでるんだ。もうカンドーしてカンドーして胸をおさえたくなった。


「さ、さっきから…何の話をしているんですか」


そう言いながらも、だんだんと縮こまっていく彼の肩とか、ふかい眉間のシワとか、もうなんかカワイイ。ほんとうにカワイイ。だけど、なんでイルカ先生はそんなことを聞いてくるんだろう。



「なにって、その、貴方に付きまとう、ストーカーのことじゃないですか」


当たり前すぎて馬鹿っぽいけど、俺はちゃんとイルカ先生に説明した。

 と、彼の目が、もっともっと大きく見開かれる。え、アンタ…まだ目ェ大きくなったの?って思っちゃうくらいに。


「ストーカー?」


「はい…だって貴方、さっき資料室出る時、すっごいキョロキョロしてたじゃないですか!それってぜったいストーカーのせいですよね??ね、そうですよね??」

「痛ッ…ァ、、ちょっ…」


もうさらに詰め寄る詰め寄る。なんかイルカ先生の体がカベにのめりこんじゃったのかな、って思ったくらいにしちゃった。痛いなんてなんのその。



「い、痛いです…その、カカシせん…」


「いいから言って。誰に?いつから?どんな事されてんの?つけられてるだけ?」





…瞬間、イルカ先生の眉根がぎゅってなって、結構つよい力で俺の腕を掴むと、モノすごい大声をだした。




「そんなことされてません!!!」




「……へ?」

どういうことだろう。『そんなこと』って。アレ、どう見てもストーカーに悩んでますってかんじだったじゃないか。今更になってまで俺に隠し通そうという魂胆が見え見えで、俺、信用されてないなぁ。

「いや、いいからこの際。素直に言いなよ、センセ」


「…一体、なんなんですか…」


ブルブルと震える彼の肩。語尾。怒っているなぁこれは。まだまだ恋人のプライバシーには干渉しちゃいけない…ってこと、だったのかな…だったら俺、すっごい非常識人間じゃん。いや、にしてもストーカーだよ?
 悶々と考えてると、彼は俺をかまわずに、また口を開いた。


「ストーカーとか、そんなんじゃありません…数週間、顔みせないって思ったら、いきなり現れて、出会いざまにそんな言葉…し、しかも、仮に、仮にですよ?俺がストーカーされていたとしても、



アナタには関係のないことです!!!」



ゴーンというか、ズーンというか。そんな効果音が頭の中で反響した。
 どうしよう、俺、めちゃくちゃ困ってる。



「か…!関係ないはず、、ないじゃないですか!!!だって俺たち…」


「関係ありません!!!」


恋人じゃないですか、なんていう語尾もイルカ先生の出した、俺のにも負けないくらいの大声によってかき消された。

怒ってるせいで、真っ赤になった彼の顔を見つめて呆然とした。
 こんなにハッキリ言われるなんて。


「ねぇ…どうして?」



「どうしても何も!!


俺たち、、敵同士ですよ!!??」


…敵同士?


 前に、イルカ先生は俺を『ライバル』と言ったのを思い出した。それとリンクしているのかなぁ…にしても、ふつうの人たちも、恋人=ライバルって意識なのか???



「ねぇ、『敵』ってのはちょっと…てかすんごいショックなんだけど…


俺は、『敵』ってより、『恋人』って…言ってほしいなぁ」







と。

空気が一瞬、固まったようにかんじた。









………



あれ、ここで感動とか…しないの?もしもーし、イルカせんせ??って彼の顔色を見ると、真っ赤になっている。おお、照れてる照れてる…


なんて思ったら、表情はしっかり怒っていた。




え、、、何で!!!???



「ふざけるな…


アスマ先生だけかと思ったら今度は俺ですか!?えーえーまったく容姿がいいカカシ先生は心変わりが早いもんですね。ですけどね、俺は一筋なんです!!ずっとずっと、その事で悩んできたのに!!!


アナタときたら!!!」


……ん??


アスマ??

いま、アスマって…言わなかった??



「あの…イルカ先生、さっきアスマって…言いませんでした?」



なんでこんな時になって、何の関係もない髭クマの事なんて口に出したりしたのだろう。


「は!?とぼけるのもいい加減にしてください!!!」


「別にとぼけてなんていま…」




「カカシ先生も、アスマ先生のことが好きなんじゃなかったんですか!!???」











…なに、それ。











061102

ようやくです… すみません;


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