あれから一週間、イルカ先生の姿を見ない。おかしい。
いつも彼のスケジュールを把握した上で受付に行っているのに、彼はいない。




空回り




俺としては一大事だ。せっかく両想いになったのに。なぜなんだろうか。イルカ先生、シャイだからなーとか、よほど忙しいんだろうなーとか、病気なのかなーとか、プラス思考をめぐらせてみたけど、やはり駄目だ。
ここまで経っても、全く展開していないところから、

どう見ても避けられているとしか言えない。

いや、ちょっと持て。俺達ははるばる恋人同士になったんだよ?何で避けられる必要があるのだろう。これまで何回もイルカ先生の家に行ってみようって思ったけど…こうなったら、行くしかないのかなぁ。
いやいや、こういう恋愛は別にハッキリとした根拠とかはないけど、じっくりゆっくり進めていった方がいい、気がする。でも実際は何をしたらいいかなんて殆ど分からず、なかなか行動に移すことができない。
ああ、これがガイとかだったら「好きだー!」なんて叫びながら相手の家のドアとか突き破る勢いで接近するんだろうなぁ…って何考えてんだ俺。



アカデミーの中庭にのろのろと出て、真っ青な空をあおぐ。雲ひとつない。


やっぱり、まだ彼に嫌われたくないという気持ちがあるのだろう。だから家に押し掛けたり朝から尾行したり…なんてことができないんんだ。自分のプライドは許すと、思う。でもおかしいよね、普通好きだったら、ちょっとくらいシツコイ事されてもキライになることなんて、全然ありえないことなのにね。

ここんとこ、俺は溜息つきっぱなしだ。一日中、頭の中で渦巻いているのは彼の事、口から漏れてくるのは溜息。これが恋煩いってものなのかな。
イチャパラもろくに頭に入らない。情けないなぁ…






ふと、中庭の隅っこの方に、白いベンチがあるのが目に入った。こんなベンチがあったなんて気がつかなかった。それは、ちょうど木陰にあってなかなか涼しげないい場所にあるなぁ、と思った。だがやっぱり頭にはモヤがかかったままだ。

そのベンチに座り、足を組む。
座り心地も申し分ない。木漏れ日が微かに頬を照らしてくる感覚がある。

あたりは、数人の子供の笑い声がたつ以外、大した音は聞こえない。

平和だなぁ。

おもむろに、先ほど受付に行ったのにもかかわらず結局出さなかった報告書を、自分の目の前でヒラヒラさせてみた。
彼のいない受付など、つまらない退屈な場所としか言い様のない。今までは、喜びに胸を躍らせてせっせと通っていたのがウソのようだ。



俺は、その紙を静かに握り潰した。



「おいおい、そりゃねぇだろ」


ひしゃげた紙を手のひらの上で弄んでいると、うっとーしい位に低くて耳障りな声が耳に入ってきた。それと同時に、黒くてバカでかい影がひょっこりと現れる。

「うっさいよ、アスマ」

「報告書くらい、ちったあ大切にしろよ」

俺が不機嫌丸出しで睨んでいるのを知って、そのウルサイ髭熊は、どっかりと横に座ってきた。胃がムカムカする。早くどこかへ消えて欲しい、と切実に願った。


暫くの沈黙の後、アスマは吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出しながら、口を開いた。

「最近のお前って、なんかハッキリ言って変だよな。イライラしてるかボンヤリしてるかのどっちかしかしてなくねぇか?」

…別に、何も答える気はなかった。




ずっと黙りこくっていると、また奴は喋りだす。まったく、べらべらべらべらウルサイ男だ。コイツ、こんな喋る奴だったっけ。

「もしかしてさ、殺人マシーンとか謳われたお前が、恋でもしてんじゃねぇだろうなぁ?え、違うか?」

…なんなんだよ、アスマ。わざわざこんなところまで来て、俺のことをからかって遊んでいるのか。
弄ぶ手は止めず、目だけをアスマの方へとやる。
そうだよ、恋して悪いか。と、心の中で呟いてやった。だが、それを口には出さなかった。






どれ位経ったか。アスマはめんどくさそうに頭を掻き、のそりと立ち上がった。根を上げたのだろうか。

「あのなーカカシ」

吸いかけのタバコを足で踏み消し、奴は気だるげに俺の方へと振り返ると、これまた殺してやりたくなるくらいに、不快で、嫌味な笑みを浮かべながら言った。




「あんまし悩んでっと、ハゲるぞ、そのうち」







「あのヤロ…」
奴が去った一点を見つめ、持っていた紙くずをそこに向かって投げてみた。
なんだアイツ。

というかあんな幼稚な捨て台詞に変に反応してしまう自分が情けない。あー俺は幼稚な奴だ。だけど、アスマは俺よりも遙かに幼稚だ。

アスマは、男の風上にも置けない様な最低なヤツ。めあての女とかの前だとモロやらしい目付きしてるし。ヤニ臭いし。なによりあの笑い方、喋り方がウザイ。

そういやイルカ先生も、アイツのこと嫌っているっぽかったなぁ…二週間くらい前、二人で話しているところを見た時は、先生ったらガチガチに固まってたし。それでもって黒目がちな瞳がウルウルしていたし…あーあ、そんな目であの汚い髭熊を見ないでほしい、と切実に願ったものだ。


ホント、イルカ先生って何でってくらいアスマのこと嫌いだよねぇ…




あ、俺もイルカ先生に嫌われてんのかなぁ…いやいや、好きなんだから嫌われるわけないって、ついさっき考えたばかりじゃないか。俺は、あくまで避けられてるだけ。それだけのことだ。あと数日すれば大丈夫。


まったく、心配などない。




とにかく、アスマみたいな奴にはなっていけない。態度はあくまで紳士的に!と考え、俺はそのベンチから立ち上がると、また受付へと足を運んでいった。









20060517







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