それは良かった
「じゃ、今日は俺こっちだから。」
「おう。俺は今日は受付がないから、6時くらいに上がると思う」
そんな会話をT字路で話す。右折すると、アイツが今日行く演習場で、左折するとアカデミー。
「じゃ、行ってくるな、イルカ」
「うん」
はにかんで手を振ると、アイツも嬉しそうに手を振り返す。今日は出勤する時間が一緒で、嬉しかった。ついている日なのかな。
暫く背中を見送った後、俺は「よしっ今日も頑張るぞ」と心の中で活を入れ、アカデミーへの道を歩き出す。
と、突然、頭上から声が聞えて来た。
「おはようございます〜イルカ先生」
ふっと見上げると、そこにはカカシ先生がいた。木の上で寛いでいる。俺は今まで彼の気配に気付かなかったことに驚いた。
「カ…カカシ先生、いらっしゃったんですか!?」
「ええ、かれこれ30分程前から」
そしてカカシ先生は、よっと言いながら木を降り、俺の前に立つと軽く会釈をする。
「で、でもカカシ先生、こんな朝早くに木の上で何やってたんですか?」
すると彼は「あー…」と言って頭をぽりぽりと掻いた後、
「早朝、木の上で読書するのが趣味なんです」
と言った。俺はその言葉に内心溜息をついてしまう。カカシ先生の遅刻癖はナルトから散々聞いていたからだ。俺はとりあえずそのカカシ先生の返答は流すことにした。
「そ、そうなんですかー…俺は、今からアカデミーに出勤する所です。カカシ先生はまた読書を続けるんですか?」
「いえ、俺も今から行くところがあるんで、ちょうど道も一緒だし着いて行きますよ」
お、今日はカカシ先生は遅刻しなさそうだな。これも俺がここを通ったお陰なんだろうか、と考えながら、二人で道を歩き出す。
すると、カカシ先生は、
「そういえば………さっき、あの演習場へ行った人って、イルカ先生のお友達ですか?」
と尋ねてきた。
その瞬間、俺の胸はどきっと鳴る。やばいやばい、焦りを表に出しちゃいけない。俺は内心はらはらしながらも、平静を装って、
「はい、俺の同期の奴です」
と言った。そしてチラとカカシ先生を盗み見ると、彼は納得したように、
「そーなんですかー」
とのほほんと呟いた。俺は心の中で安堵のため息をつく。
実は俺とアイツは付き合っていた。いくら最近色々な恋愛の形が享受される時代となったと言っても、男同士の恋愛というのはなかなか世間に受け入れられづらい、ということで俺達は、同じ趣好を持つ仲間以外には内緒で付き合っている。
だから勿論、外で会話する時も気を付けるようにはしている。できるだけ身体に触れないように、とか。会話の端々にそういうのを臭わせないようにする、とか。
でもカカシ先生は、里でも有名なエリート上忍だ。今までの付き合いで、洞察力も半端ない人だということは分かってきた。そのせいか、彼のちょっとした質問に大きく動揺してしまったのだ。
「友達ですか?」なんて普通の質問じゃないか、まったく。
俺は特にカカシ先生には、俺が男が好きだなんてことは知られたくなかった。彼は、上忍なのに、階級など関係なく俺に親しくしてくれるし、よくアドバイスなんかもくれる、本当にいい友人だ。
一回、上忍と中忍合同で飲み会をした時にカカシ先生のマスクの下を見たことがあった。その時は、あんないい男でノンケじゃなかったらなあ、なんて思ったりしてしまったものだ。勿論、こんなことカカシ先生に死んでも言えない。
とにかく、俺はそんなカカシ先生との友情、とは言えるかどうか分からないが、関係を崩したくなかった。同じ男好きの友人がノンケの人にカミングアウトして、その人が去って行ってしまうという場面を何度も目にしてきたから。そんな失態は自分は絶対にしない、と心に決めたのだ。
「あのー、イルカ先生?」
「あっ…」
カカシ先生の言葉に我に帰ると、彼は心配そうな顔で俺を見ていた。
「どうしたんですか?寝不足ですか?」
「えっ…あ、あはは、そうみたいです」
暫く俺はカカシ先生を置いて一人上の空だったらしい。慌てて受け答えすると、彼は「無理しちゃだめですよ」、といって肩を叩いてくる。
「は、はい…」
「それでね、イルカ先生、もう一度聞きますが、」
え、もしかしてまたあの事か?と俺はちょっと構える。カカシ先生は俺をじっと見つめながら、言葉を続けた。
「本当に、あの人とイルカ先生はただの友達なんですよね?」
「本当に」、と、「ただの友達」というところに、心なしか力が入っている様に聞えた。
これはやばい、ちょっと俺の事を疑っている。冷や汗が出てきそうだ。
だが、なんとかして平静を装い、笑いながら手を振って否定する。
「もう、「ただの友達」ってどういう意味ですか?俺とアイツは本当に何でもありませんって」
すると、カカシ先生は俺の目をまたじっと数秒見つめた後、ふっと溜息をついて、
「それは良かった…」
と、小さく呟いた。
…それは、良かった?
疑問符が頭の中を占めていく。どういう意味だ、一体。
ぽかんとしている俺を余所に、カカシ先生は突然「あっ」と声を出す。
「もうこんな時間ですか、俺急がなきゃ。では、イルカ先生、お仕事頑張ってくださいね」
そう言って、彼は走りだす。
「あ、ちょ…待ってくださ…」
一体どこに急ぐんだよ、と心の中で突っ込みをしているうちに、カカシ先生はドロンと消えた。
それは良かった、って。
その言葉を教えて下さいよ。
俺はふっと溜息をついて、またアカデミーへと歩き出した。
20110305
カカ…イル……!?
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