どんびきした話

目の前にどさどさと置かれる紙袋を見て、イルカは「はぁ…」とため息をついた。しかし、そのため息は何故か嫉妬から来るものではなかった。もはやここまでの数になると、こんなにもらえる人なんてそういないんじゃないか、という尊敬の念を彼に抱いてしまうのだった。
「またまたすごい数をもらいましたね…」
「そうですか?去年に比べれば今年はまだましな方ですよ」
よっこらせ、とカカシはイルカの向かいに座って、ちゃぶ台の足元に置かれた包みを大事そうに撫でる。
「だいいち俺ねー、あんまり甘い物好きじゃないんですよ。だからほんと、先生からお酒もらった時は嬉しかったですよ」
本当にありがとうございます、とその包みを片手にイルカに会釈する。その包みの中身は勿論、イルカからもらった酒だ。カカシがずっと飲みたい飲みたいと言っていた銘柄のものだ。
「それは良かったです」
ちゃぶ台の上の包みをチラと見ながらイルカが苦笑すると、カカシはいじわるそうに笑って言った。
「なに、イルカ先生もしかして焼きもち焼いちゃってるの?」
「ばっ…そ、そんなことないですよ…俺だって何個か貰ったんですからね!」
その「何個か」というのは全部、生徒と同僚からの義理チョコだとは言えなかった。

「でも大丈夫だよイルカ先生。これ全部、お中元とかお歳暮みたいなもんだから。いつもお世話になってます、的な。」
「それって…義理チョコ、ってことですか?」
「そうそうそんなもんですよ。小さい頃から色んな任務就いてましたから、そういう知り合いが多いんです」
「そうなんですか…」

確かに、受付所でカカシを見る度に、彼はいつも誰かからの挨拶に受け答えている。里の誉れである彼のことだ、それも不思議でない。

「しかもね、俺は義理堅ーい男でね、ちゃんとチョコくれた人にはホワイトデーにお返しをあげてるんです」
だから毎年もらえるんですよ、とカカシは笑った。

「アスマなんかね、上忍になってすぐの頃はそりゃ沢山貰ってたけど、全然あいつの方からお返ししなくてね。今じゃ大分数減っちゃいましたよ」
「お、お返ししないだけで数減るもんなんですか…」
「だからそんなもんなんですよバレンタインデーって。あ、勿論イルカ先生からのだけは特別ですからね」

はぁ…とやんわり受け答えをするイルカにひとつの疑問が浮かんだので、思わずカカシに尋ねる。

「で、今年のホワイトデーは何を買うつもりなんですか?」

するとカカシはきょとん、と首を傾げ、固まった。

「…? カカシ先生?」

沈黙するカカシを不思議がるイルカにハッとして、カカシは返答する。

「あっ…いや…買うもなにも、作ります」
「作る!?」

「作る」という言葉に驚いてしまう。カカシがお菓子を、しかも大量に作っている所を思い浮かべてみると、どこかシュールだ。

「そうですか…作るんですか……何作るか、決めました?」

するとカカシは辺りをきょろきょろと見回すと、にやにやしながらイルカに擦り寄り、耳元でそっと囁いた。

「これはイルカ先生にしか言いませんけどね、




もらったチョコを全部一気に溶かして、それを固めて小さく割ったものをあげてるんです」



「は、はぁ!?」

思わずカカシから退いてしまった。ざり、ざり、と畳の上を移動しながら、もう一度カカシに尋ねる。

「ま、まじで言ってるんですか」
「まじです」
平然と返すカカシに目眩を覚えてしまう。

「ま、まじって・・・・・もう・・・・あんた・・・・」

「だってイルカ先生、すごい合理的でいいと思いませんか?俺は甘い物あんま食べないし、お金は包装代くらいしか掛かりませんし。自分でもいい方法思いついたと思ったんですよねー。要はリサイクルってやつですよ。あ、これ俺が15の時に思いついて、それからずっとやってる方法なんですけど…」

駄目だ、この男は。早く何とかしてあげないとどうにかなってしまう。
真っ青になりぶるぶると震えるイルカをよそに、カカシは語り続ける。

「チョコは1か月そこらなら腐りはしないだろうから、もらったものは全部寒いとこに置いとくんですよ。この前イルカ先生、俺の部屋の押し入れで大鍋見つけたでしょう?ナルト一人入りそうなくらいの。あれ実はチョコ溶かすための鍋だったんですよ〜…」
「……………」
「あれ、イルカ先生?」

俯いたまま震えているイルカにやっと気付き、心配になって肩に手をかけてやろうとしたら、イルカはそれをすごい勢いで振り払ってきた。そして、バッと立ち上がったかと思うと、ちゃぶ台へ直行し、紙袋をがさがさと漁り出す。

「ちょ、イルカせんせ、何してるんですか?」
「黙っててください」
一番大きそうなものを取り出すと、それは可愛らしい袋に入っていて、中にはハート型のチョコと、女字で「はたけ上忍へ」と書かれたカードが入っていた。
これのどこが義理だよ、とイルカは一人ごち、おもむろにその袋を開けてチョコを食べだす。

「あ、あああ!何してるんですかちょっと!せっかくのお返しの材料が…」

「…そんなことするぐらいだったら、このチョコ、全部俺が食べます」
もごもごと口を動かしながらカカシを睨むと、彼は未だに訳が分からないという顔をしている。
そんなカカシを見据えたまま、イルカはまた紙袋に手を突っ込みチョコを取り出す。

「今年は。ちゃんと。買って返してあげてください。いや、買って返しましょう」

「へ……でも、イルカせん…」
「マシュマロ!買いに行きましょう!」



「は…はい…」

ホワイトデー前日、木ノ葉デパートに、紙袋を抱えて口論しながら歩く二人の姿があった。




20110221

今年はバレンタインデー何もしなかったです…



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