いわゆるお人好し2



「失礼します、はたけ上忍はいらっしゃいますか?」
コンコンという律儀なノックの後にドアがガラリと開き、イルカが姿を現す。
ここは上忍待機室だ。ソファーに座り僕とのんびりと話していた先輩はその声に元気よく立ちあがり、ドアの方へと手を振る。
「イルカせんせ〜こっちですよ〜」
「カカシ先生…あ、ヤマト先生も!こんにちは」
ニコニコと笑いながら近づいていくイルカの手には、弁当があった。
「すいません、今朝渡しそびれてしまって…」
頬をちょっと赤らめながら、申し訳なさそうに先輩の顔を窺うイルカ。それに対して先輩は優しくイルカに微笑みかけ、すっと彼の肩に手をかける。
「いえいえ…朝早くに急務があって家を飛び出した俺が悪いんです…弁当届けてくれてありがとうございます」
その言葉にイルカの顔はますます赤くなる。じっと、熱く見つめ合う二人。
昼時のヒマな時間帯とあって騒がしい位の上忍待機室なのにも関わらず、部屋の端の方にいた上忍までもがその気配に気付き呆れ顔になる位の惚気オーラだだ漏れという状態だった。

「あ、あの〜…」
ついに二人の近くにいる僕までも変な目で見られ出したので、そっとそのお熱い二人に声をかけると、イルカはハッとしてバタバタと姿勢を正した。
「すすすすみません…!!で、では、カカシ先生、ヤマト先生、お仕事頑張ってください!」
ちょっとほつれた髪を振り乱して勢いよくお辞儀をするとイルカはぎくしゃくとドアの方まで歩いていき、「失礼します」といって姿を消した。

「は〜…お熱いですね」
弁当を片手に意気揚々とソファーに座る先輩を見つめ、僕は溜息をついた。
「何とでも言いなよ!俺ああいう風にイルカ先生がわざわざ弁当届けに来てくれるのが嬉しくてさ、たまに忘れたフリしちゃうんだよね…あ、これイルカせんせには内緒ね?」
「はい〜はい…」
ふと、僕は先程のイルカの様子を思い出した。あのカタブツという言葉をそのまま体現したかの様な男が、公衆の面前であんなお惚気オーラを出すなんて1月も前には想像もつかなかったのに…
「相当先輩に入れ込んでるみたいですね、あの人」
そして僕は向かいに座る先輩にぐいぐいと近寄り、耳元でいじわるげに聞いた。
「で、どーやって落としたんです?」
すると先輩も途端に意地わるげな顔になる。包みを開けかけた弁当を横に置き、にやにやしながら顎を撫でた。
「気になる?」
「そりゃあ気になりますよ」
「だよねー…誰にも言わない?」
「言いませんよそんな。ボクは暗部ですよ?口の堅さには自信があります」
『誰にも言わない?』なんて問いかけて来た先輩だけれども、傍から見て「話したいオーラ」が嫌と言うほど出ていた。まあそれも、先輩の策略の一つなんだろうけど。
先輩はふふんと笑った後、僕に隣に座る様に指示をした。僕がそっと隣に座りこむとひそひそと話し始める。
「俺とあの人が恋人になったきっかけってか…馴れ初めって何だと思う?」
「さあ?」
「それはね〜…」
そこまで言うと先輩は腕組みをして、僕を意味ありげな顔で見つめてくる。そして言葉を続けた。
「俺があの人を強姦したからなんだ。」
「え……えぇえ!?」
思わず出てしまった大声に、周りの上忍達が振りかえる。僕は慌てて「なんでもないです、すみません」と周りに謝った。


「で…でも、イルカ先生の様子からは全然そんなことがあった風には…」
先程弁当を渡しに来たイルカからは、先輩に対する恐怖の念など欠片も感じなかった。第一、イルカ先生と先輩が付き合いだしてまだ1月しか経っていないのだ。そんな期間で強姦という心の傷が消えるものなのだろうか。
「そこで俺の腕が試された訳だよ」
「え?」

「あの夜は久々にイルカ先生と飲んでね、あんまりイルカ先生が可愛く酔っ払うから、ずっと押さえてた理性が持たなくて…ついやっちゃったんだよ。あの人もあの人で酔ってる癖に抵抗するから、服とかびりびりーって破いちゃって、最後にはチャクラで縛りつけなんかしちゃったの。」
あの時はかなり燃えた…とうっとりと窓を見つめる先輩に、僕は流石に引いた。
「で、次の朝。酔っていても記憶はちょっと残ってたみたいで、俺が起きると先生は部屋の隅で震えてたの。そりゃ謝ったよ。ごめんなさいって。土下座もしてみたよ?でもイルカ先生許してくれなくてさー…」

「そこで、だよ。俺は頭に思いついた事をべらべらと喋ってみたの。
『俺は小さい頃から忍として育てられてきたから、人との触れ合いや温もりというものを知らない。だから愛という言葉をこういう形でなければ表現することができなかった。…でも、貴方ならそれを教え、与えてくれるかもしれないと思って…』
とかなんとか。」
「…出まかせ、ですか。」
「うん。口からでまかせ」
と言って、先輩はにっこりと笑った。
「そ〜したらあの人、すっっっかり信じ込んじゃってさー!!!」
…あのお人好しそうな人がまんまと同情してしまいそうな言葉の羅列だ。僕はげんなりした。

「『俺で良ければ力になります!』って!!言ってくれたのー!もー可愛いのなんのって」
ますますテンションが下がって行く僕の横で、先輩はキャーと顔を手で覆う。明らかにその「可愛い」という言葉、イルカ先生を馬鹿にしていないか。
「で、そんな感じで今なんですか。」
「そーそー。」
と先輩が嬉しそうに頷いた時、またノックの音がした。

くるりと振り返ると、そこにはまたイルカ先生がいたのだ。
「すみません、はたけ上忍いらっしゃいますか…あ、カカシ先生!・・あの弁当、もう食べちゃいましたか!?」
また彼が駆け寄ってくる…が、今度は僕はイルカ先生の顔をまともに見られなかった。あんな話の直後だ…変に彼を意識したら今にも同情してしまいたくなる。
「いーえ、まだ食べてないです」
にこっと笑う先輩を見て、イルカ先生はホッと胸を撫で下ろした。
「それは良かったー…あの、俺としたことが、カカシ先生に渡す弁当を間違えてたみたいで…それが俺ので、こっちがカカシ先生用です」
二つの弁当は別に箱の大きさに違いはない…というか、わざわざ作り分けていたのか、この人は。
「こっちには…カカシ先生の好きな、だし巻きが入ってます…」
食べたいって昨日の晩言ってましたよね?とイルカははにかむ。すると先輩はうるうると目を潤ませ、イルカの手を両手でぎゅっと握った。
「俺の言ったことを覚えていてくれるなんて…本当にイルカ先生はまめなんですね…俺、惚れ直しました」
「そ、そんな…」
またもやイルカの顔は赤くなる。そして案の定集まってくる視線。もうどうにでもなれ、と僕は思ってしまった。
「あの…イルカ先生、今晩も…一緒に帰りませんか?」
手を握ったまま先輩が聞くと、イルカは残念そうに目をふせる。
「…すみません…今日は残業が入ってしまって…カカシ先生に迷惑をかけてしまうので、先に帰っていてください」
「そんなことないです!俺、先生のことを待っています」
「え、でも…」
先輩はイルカの手をますます強く握り、身体をイルカと密着させていく。
「俺、今日は特に…イルカ先生がいないと心が休まらないんです…貴方がいないとおかしくなりそうだ…」
「カ、カカシ先生…!!」
イルカの目が涙でうるむ。ああもう。先輩の恋人でなければ今頃「こいつ嘘付いてますよ!!」と叫んで二人の間に割って入ったのに…先輩は怒ると滅茶苦茶怖いことを知っているので、何もできなかった。

「で、では、また帰りに…」
「ええ、待ってます」
目元を拭いながら、イルカは去って行った。先輩はそんなイルカが部屋から出ていくまで彼の背中を見つめていた。が、ドアが閉まると同時に僕の方へ振り返り、小さくピースしたのだ。
「どうよ?これが俺の実力」
「…………………」
「もうイルカ先生かわいかったなー…、あ、分かった?テンゾウ。忍たるもの、己の実力で欲しいモノは手に入れなきゃ駄目なんだよ」
「あーもう分かりました……」

もうここまで行くと、先輩の口が上手いとかイルカ先生がお人好しだとかいう以前に、単にイルカ先生が馬k……
いやいやいや、なんでもないなんでもない。

欲しいモノね…と考えてふと先輩の方を見ると、彼はいつの間にかイルカから貰った弁当にぱくついていた。
とりあえず、昼飯、行ってこよう……

おもむろに立ち上がった後ろで、先輩が弁当にむせていた。






20110319



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