いわゆるお人好し



昼休み、アスマがアカデミーの中庭で一服しようと、所定の位置となりつつある中庭の隅の木陰のベンチへ足を運んでいる時だった。中庭に踏み出した足が一瞬止まった。
なぜならそのベンチには既に、イルカが座っていたのだ。
「イルカじゃねえか」
ベンチに近づきながらそう声を掛けるも、イルカの反応はない。何かが抜けたようにベンチにへたりこみ、宙を見つめている。
(いつものイルカと違う……な…)
と、アスマは思った。普段はこちらが黙っていても、こう言ってはなんだが煩い位に挨拶をしてくる。そんな礼儀正しい人物が、今日はどうしてこうなのか。

「よっと」
それでも構わず、イルカの横に座ると、イルカは今初めてアスマの存在に気付いたと思えるリアクションをした。
「わ・・・・ア、アスマ先生!?」
「…さっき声掛けたじゃねえかよ…」
しかもイルカの隣に座る為に一回彼の前を横切ったのにも関わらず、彼の視線は相変わらず宙を彷徨っていたのだ。
お前本当に忍なのか、という言葉を呑みこみ、アスマはイルカに心配げに問いかける。
「どうした。なんかあったか」
するとイルカはハッとした表情になった後、しゅん…とうなだれ、弱々しく言った。
「いや…その……実は、カカシ先生のことで。」
声を掛けた時点からカカシ絡みなのは分かってはいたが、ここまでイルカを落ち込ませる所以は何なのか、アスマは下世話だとは思いながらも気になってしまった。
タバコに火をつけながら、「カカシがどうした」と聞くと、イルカはまたぼんやりと中庭を見つめながら言った。

「カカシ先生…昨日、俺に『うるさい、黙れ』って言ったんです…」
その言葉にアスマは、タバコを落としかけた。
あのカカシが、あのイルカのことになるといつも顔をデレデレと緩ませて、「イルカ先生は何していても可愛い」と惚気をかましているカカシが、そんなことを言ったのか。
「そう言った時のあの目付…言われた後、あまりの怖さに暫く動けませんでした…」
そしてイルカは大きく溜息をつき、項垂れる。そして小さく笑った。
「これは俺がいけないんです…カカシ先生が任務明けで疲れてるのに煩く言ったから…」
「…そうなのか?お前はカカシの身体を心配して言ったんだろうし、別にお前の所為じゃ…」
カカシの話をいつも聞いている身としては、イルカが怒る場面の九割九分はカカシに非がある、と思っていた。その言葉にイルカは緩く首を振る。
「いえ…空気を読めなかった俺がいけないんです。思えば…昨日だけじゃなくって、もうずっと前から、何かあるごとに小言言ってばかりだったなあって…でもカカシ先生、その度にいつも済まなそうに『すみません』って言うだけだったから、俺も調子に乗っていたんです。…あの人、ずっと我慢してたんだろうなぁ…それでなくとも、俺なんか想像もつかない位のすごい任務をこなしているというのに…」
そう言ってますますしゅんとするイルカ。初めて、カカシの口から出た反抗の言葉だったのだろう。それだけにショックは大きいようだった。

「だから…これからは、あまり怒らない様にします…」
「いやイルカそれはいくらなんでも…」
怒らなければ怒らない程カカシは調子に乗ると言いたかったのだが、その言葉をチャイムが遮った。
「あ!うわ、俺昼休みずっとここにいた、のか??」
イルカは不意に立ちあがりそんな独り言を言うと、くるりとアスマを振りかえり、きちっとお辞儀をする。チャイムのおかげか教師モードに切り替わったらしい。
「聞いてくださりありがとうございました!」
そしていつもの爽やかな笑顔を浮かべると、「それでは失礼します!」と言ってイルカは去って行った。

(うーん…)
アスマはイルカが去った後暫く、そのベンチで頭を抱えていた。



*** ***



「いわゆる飴と鞭ってものをやってみたんだよね」
「…お前、飴と鞭って言葉の意味、本当に分かってんのか?」
上忍待機所に行くと案の定、カカシはアスマを捕まえて長々と語り出すのだった。
「だってほんっと、イルカ先生は細かいことに怒ってばっかなんだもん。昨日だって俺がへとへとで任務から帰ってきたのに、お帰りなさいのハグもキスもなしにやれ風呂入れだの何だの…あん時俺すっっっごく眠かったのもあってさ、思わず本音が出ちゃったってわけ。日頃から色々言われていた腹いせに殺気もちょっと出してみたんだ」
そんなことをカカシはしれっと言い、ソファーの上で足を組みなおす。
「そしたらもーイルカ先生ったら茫然としてんの!真っ白、って感じ。それで無言でふらふらとお風呂場行っちゃってさ〜俺最初は眠かったのにそれで眠気が吹っ飛んじゃって。布団の中で暫く笑い転げてた〜」
イルカ先生は可愛いだけじゃなくて偶に見せるああいうリアクションが面白いんだよね、とカカシはニヤニヤと笑う。
「まー勿論、イルカ先生のことちょっと可哀想だとは思ったけど?普段先生は好き勝手俺に物言ってたんだし?お互い様でしょ!」
「あのな…カカシ、今日の昼、イルカに会ったんだけどよ…」
うんざりしてアスマが口を開くと、カカシはハイテンションでそれを遮る。
「あーそうだったんだ!どうせあの人のことだから、『俺が全部悪かったんです、カカシ先生の気持ちも知らないで、いつも怒ってばっかりで〜 これからは怒らない様にします』とか何とか言ってたんでしょ」
「…………」
「あ〜やっぱ当たり?そんなところだと思ったよ。最近サクラから『先生まだそんなことも知らないのー!?』って感じで「ツンデレ」って言葉を教わったんだけどさ、イルカ先生は勿論ツンデレっちゃツンデレなんだけど最近はツンツンってかガミガミしてばっかでデレる時が少ないのよ。ガミデレだよガミデレ。だからこれを機に、『俺はカカシ先生に尽くします!カカシ先生を分かっているのは俺だけだから!』ってなかんじでデレを増やしてくれたらな〜と…」

「カカシ…」
「ん?」

「一発、殴ってもいいか?」
「え、ええ!?」



イルカはどこまでもお人好しな人である。






20110309

カカイルに振り回されるアスマ先生とヤマト先生が好きです。



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